屋久島で考えた(6)

以前、屋久島に行ったことがある。
ここには、「もののけの森」と呼ばれる、白谷雲水峡という場所がある。
映画「もののけ姫」に出てくる森のモデルとなった場所で、水が豊富なため、全てが緑の苔に覆われていて、とても神秘的で美しい所だ。


さて、そんな所を歩きながら考えた。
はるか大昔、氷河期が終わる頃に、歩いて大陸を渡り、移動を続けた人達がいた。
きっと、このように道なき道を、ただ先へ先へと進んだのだろう。
体の弱いものは途中で脱落する。
また、結婚して子供ができた者達も、そこに留まるのだろう。
現代で言えば、「あいのり」である。ただ先へ先へと進む、ラブワゴンである。
だから、あいのりで成立したカップルは、本当はその場所に留まるのが正しい。そこで子供を作って定住すべきである。
今度、暇があったら投書しておこう。


さて、自然のままのような山道を歩いていると、そんなはるか昔の衝動を思い出すような気がする。
何かにつき動かされるように、未知の場所に向かって歩きつづける。
本能的な衝動。
止まってはいけない。
「熱」は、拡散しなくてはいけない。
同じ所に留まっていたら、エネルギーは使い果たされ、エントロピーは増加し、文明は滅びてしまう。
逃げ出さなくてはいけない。
先へ、先へ、前へ、前へ。
クライマーズハイの中、そんな衝動を想像する。


そしていつか、目の前には夢に見た風景が現れる。
その時、運命的に予め定められていた場所に着いたことが分かる。
大きなものに導かれ、新たな場所で、新しい生活を始めるのだ…。
そんなことが、きっと歴史の中で繰り返されたに違いない。
クライマーズハイの中、空想は広がるのだった。


その日の夜、羽田空港に到着すると、都内の空気は汚れて生ぬるく、街はごみごみと汚かった。
何か間違えていると思った。僕は本当に逃げ出したくなった。
新鮮な空気と水のある場所を求めて、先へ先へと…。
それはきっと、歴史の中で繰り返された衝動に違いなかった。


なお、幸か不幸か、その後1週間もすると慣れた。