「世界を肯定する哲学」(保坂和志)

共通点を感じる。すごい、とか、なるほど、というのは少なくて、同じようなことを考えている人がいる、という共通点を感じ、それが大学の先輩で、40代半ばの芥川賞作家であるという、まっとうな人であることに対して安心を感じる。
「哲学」と銘打たれているけれど、哲学の厳密さは全くなくて、作家・詩人的な脳の構造をしている人の雑感といったところ。
そこがまさに共通点なのだが、それが「哲学」なら、オレのも「哲学」だ。(「狂人の妄想」じゃないかと不安だったが。)

興味あるキーワードの共通性・・・「フロイト」、「ラカン」、「構造主義」、「夢」、「言葉」、「意識」、「無意識」、「脳」、「記憶」、「利己的な遺伝子」、「宇宙」、「量子論」、「レヴィ・ストロース」、「唯我論」・・・。(って並べてみると、なんだかな。)

言っている事の共通性。
「充実感は<プロセス>それ自体の中にある」
「<私>とは<エピソード記憶>が集積されているから<私>なのではなくて、もっと無根拠に、ただ<私>なのだ」(肉体を持つ<私>がまず、見て、聞いて、感じること。)
「人間は記憶を持つのではなくて、<場>に記憶される」(建造物や企業活動の中に、個人の痕跡が残る。)
「<理解する>というのは、本来が<分からない人には分からない>という性質のもので、〜 不透明さに分け入って<理解した>人にとってだけ不透明さは晴れて透明になる」
「考えは、情動や性欲とあまり区別のつかないようなもの(動機)として、明らかに言葉に先行して、起こっている」
「紋切り型だけで書いていたら、考えは簡単に言葉そのものに吸収される」

しかし、最近、「世界の意味を再獲得していく興奮」というものを味わっていない。この本も、再確認という意味しか持っていないし。
「実体験の中での、すでに知っていることの確認」という、体験モードに入っているせいか?・・・もういい年なんだし、それが当然なんだが。
「見る側からやる側へ」ってのが「大人になる」ってことなんだろうし。