「アフターダーク」村上春樹

本当は、発売日に購入し、9月9日頃には読了していたと思うけれど…。


割と薄めの話。
「向こう側の世界」や「暴力」や「闇」が日常の紙一重のところで口を開けているという話ではあるものの、それほど深い所までは行かない。
都市で一夜に繰り広げられる物語の断片。
それが、結びつきそうでそれほど結びつかない。
何かが始まりそうで、始まらない。
それなのに、最後まで読み急がせる筆力はさすがと言うべきか。


登場人物は、誰もが非現実的だ。これまでの村上春樹風非現実的な人(無口でクールでサンドイッチ好きで…)でなく、俗物的普通の人が登場しているにもかかわらず、それでもやはり非現実的だ。
でも、それでもいいのだろう。彼の小説は、多分そのようなリアリティを必要としていない。「教訓の不確かな寓話」のようなものだからだ。


この小説の軽さは、恐ろしくディープな「ねじまき鳥クロニクル」を通り、「アンダーグラウンド」、「海辺のカフカ」と辿ってきた故のものか。
登場人物たちは、比較的まともである。彼らは、それぞれに欠落や闇を抱えてはいるものの、これまでのように、決定的に損なわれているわけではない。まだ回復可能な人たちだ。


村上春樹は、「ねじまき鳥」で井戸の奥深くの「むこう側の世界」で悪と対決し、「アンダーグラウンド」で現実の闇や暴力と向き合い、「カフカ」で向こう側との境界を封印した。
だから、この作品は軽いのだ。私は、この作品で初めて村上春樹のユーモアを面白いと感じた。


村上春樹は、これからこの現実でやっていこうとしているのではないか。
その「現実」とは、寝ている間にTVのむこうがわに連れ去られたり、普通のサラリーマンからふいに暴力が噴出したりする危うい現実ではあるけれど、まだ回復が可能な世界である。
今後、村上春樹が現実に軸足をおいた新たな世界を構築していくことを期待している。
(☆☆☆☆)

アフターダーク