耳鳴り芳一

【不条理な笑い?】

「おい、芳一!」
「・・・・・。」
「芳一ってば。」
「・・・・・。」
「芳一?」
 芳一は肩を叩かれてやっと健二に気づいた。
「おお、健二か。」
「どうしたんだよ。」
「いや、ごめん。今朝から耳鳴りがひどくてさ。よく声が聞こえないんだよ。」
「それはまずいだろ。病院に行ったほうがいいぞ。」
「ああ、そうするわ。」
 芳一は残りの授業を欠席して病院に行くことにした。
 

「ほう、耳鳴りですか。」
「え?」
「耳鳴りですかな?」
「え?…ああ、はい。」
白髪の耳鼻科医は小声でぼそぼそとしゃべり、芳一はよく聞き取れなかったが、何だか怖い人だったので、とりあえずうなずくことにした。
「…しかありませんな。」
「え?」 
「取るしかありませんな。」
「え?…ああ、はい。」
「そうですか。では。」
耳鼻科医はそう言うと、芳一の耳を両手でつかみ、そのまま引きちぎった。
「ぎゃああああ!」
耳鼻科医の白衣は血飛沫で真っ赤に染まった。


…そうか、耳にお経を書いておくのを忘れていた。
ならば仕方がない。
痛みで混乱する意識の中、芳一はなぜかとっさに納得していた。
俺は今日耳鳴りがひどかったのだし、その結果授業を休んで近所の耳鼻科に来たのだし、そうしたら医者に耳をつかまれてそのまま引きちぎられたわけだし、それは耳にお経を書いていなかったからだ。
…って、なぜだー!?


遅かった。
時すでに遅かった。
気づいたときには、すでに支払いを済ませて帰宅する途中だった。
保険がきかないと言われて3万円取られた。
耳も取られた。
耳鳴りはちっとも治っていなかった。
最悪だった。


俺は一体なんなのだ?
「耳鳴り…」って、ただの駄洒落じゃないか。
作者の下らない思いつきから、なんでこんな思いまでしなくちゃいけないのだ。
納得している場合じゃないぞ。
ここまで引っ張るほどのネタか?
俺だってなんのキャラクター設定もされていないじゃないか。
挙句、展開に困ってこんな扱いだ。
不条理な人生ってのはこういうことか。


芳一は憤りの中、家に帰った。
「…ただいま。」
「あらおかえりなさい。今日は遅かったのね。」
「ああ、耳鼻科に寄ってきたからな。」
「そういえば耳鳴りがひどいって言ってたわね。どうだった?」
「それがひどい話さ…。耳鳴りなんていっこうに治らないし。それどころか、…このザマさ!」
「あらそう。今日はハンバーグよ。」
「あ?…あ、ああ。そう?」
「どうしたの?大好物でしょ?」
「う、うん。やったー。」
「早くおあがんなさい。」
「いただきまーす。…うん、いけるよこれ。」
何事もなかった。


翌日、学校に行くと健二が声をかけて来た。
「よう、芳一。耳鳴りはどうした?」
「いや、耳鳴りなんていっこうに治らないし。それどころか、…このザマさ!」
「ふーん、そうか。大変だな。」
意外とあっさりしていた。
「お、おお。いや、だけど、このザマだよ?」
「そうか。じゃあさ、お前の名前『芳一』だしさ。今日からお前のあだ名は・・・『耳鳴り芳一』だな!」
「そっちかよ!!」
芳一は思いっきりつっこんだ。


その突っ込みは見事なタイミングで決まり、それ以来、芳一のあだ名は「ツッコミ君」ということで決まった。