サマーソルジャー

【無意味】
戦士としての宿命。(03.06.09)

俺は夏の戦士だ。
とにかく戦うのだ。
相手は夏だ。
暑いと言ったら負けだ。
ドテラを着込んでコタツで鍋焼きうどんだ。
汗だくだ。
もうただの我慢大会だ。


…そうじゃない。
そういうことではないのだ。
もっと崇高な目的の為に戦うのだ。
聖なる戦いなのだ。
俺は選ばれし戦士なのだ。
ただし自薦だ。


とにかく負けるのは大嫌いだ。
戦うために生まれてきたようなものなのだ。
生きるとは即ちこれ戦いなのである。
暑いとか寒いとかぬるいとか冷たいとかもう戦いなのだ。
ぬるいお茶とかもう許せないのだ。
毎日が戦いなのだ。


時間とも戦うのだ。
毎朝遅刻ぎりぎりだ。
ダッシュだ。
しかも夏だ。
背広だ。
汗だくだ。
困ったものなのだ。
替えのワイシャツだってままならぬのである。
シャワーだってどこで浴びてよいやらだ。
ほとほと困っているのである。
もうお手上げである。


こうなれば玉砕覚悟である。
最後の聖戦である。
夏との全面戦争である。

 
手始めに省エネルックである。
袖なしスーツである。
かっこ悪いのである。
だがそんなことは言っていられない。
戦いだからである。
今や非常時なのである。


こうなれば省エネルックに短パンである。
ビーチサンダルにシュノーケルである。
そしてワイシャツにネクタイである。
それで出勤である。
左遷間違いなしである。
リストラ最有力候補である。
リストラ街道まっしぐらである。


そんなことでは駄目である。
夏には勝っても人生の敗残者である。
しかも夏にも勝ってないのである。
よく考えたら夏に迎合していたのである。


ボロ負けである。
全戦全敗である。
敗残者界の幹部候補生である。
敗残者街道まっしぐらである。


どうやら戦い方を間違えていたらしかった。
戦う相手を間違えていた。
夏そのものと戦っても勝ち目はないのである。
危なかった。
危うく人生の敗残者となるところであった。
危うい所で踏みとどまった。


玄関まで出ていた。
省エネルックと短パンとビーチサンダルとシュノーケルで出勤しかかっていた。
思いとどまってよかった。
再度検討を重ねてみてよかった。
3時間かけて最初から理論を組み立てなおしてみてよかった。
結果的に無断欠勤だったが、それでもよかった。
 

再度組み立てなおしてみよう。
玄関先でシュノーケル越しに考え直してみよう。
別の観点から徹底的にプランを練り直してみよう。


そして結論が出た。
俺はまず自分にできるところから始めることにした。
身の丈にあった戦いを挑むことにした。
その日からが俺の本当の戦いの始まりだった。
戦いの火蓋は今まさに切って落とされたのだった。
俺の激しい戦いの日々は始まった。


俺は、その日から、軒先の風鈴を叩き割ってまわった。
石焼芋の屋台を引いて周った。
海辺にトレンチコート姿で佇み、雰囲気を台無しにしてやった。
イカを煮物にして食った。
カキ氷を食っているように見せかけて、大根おろしに醤油をたらして喰った。
エアコンのスイッチを全て「温風」に変えておいた。
扇風機は全てハロゲンヒーターにすり替えた。
コンビニでは温かいお茶とおでんしか買わなかった。
自動販売機では温かい汁粉しか買わなかった。
カレンダーの7月と8月のところを破いておいた。
水着のポスターは全て油性ペンで塗りつぶしておいた。
カラオケボックスではチューブとサザンのページを黒く塗りつぶしておいた。
それでも夏の歌を歌う奴がいようものなら、割り込みで吉幾三の「雪国」を入れた。


どういう戦いなのか分からなかった。
相手も定かではなくなってきていた。
理由なき反抗であった。
パンクであった。
パンク歌手になりたかったのであった。
将来の夢はシドビシャスになることであった。
ものすごく低い位置でベースを弾いてみたかった。


俺はひとまず楽器屋に向かった。
省エネルックと短パンで向かった。
初心者用のベースと小型のアンプなどを一式買った。
家に帰って早速練習してみた。
低いポジションだと無闇矢鱈と弾きづらいことが分かった。
そこら辺りがパンクなのだと良く分かった。
無意味な反抗なのだ。
理由なき反抗なのだ。
自分が今まで間違っていなかったことが分かった。
方向性は正しかったのだと知った。


明日からはベランダで寝袋で寝てみよう。
こっそりと大リーグボール養成ギブスをつけて出社しよう。
今後は左利きのふりをして生き続けよう。
言葉が分からないふりをしよう。
英語しか分からないふりをしよう。


誰にも理解はされないだろう。
しかしそれが俺の生き様なのだ。
戦士に休息はない。
この平和な日本で、残された戦いの道はこれしかない。
どんな時でも、どんな場所でも、俺は戦い続けるのだ。
それがソルジャーとして生まれついたものの宿命なのだ。
俺は独り、新たなる戦いを誓った。
次の相手は当然秋だ。