インド旅日記(1)  日本(初)脱出(成田〜バンコク)

ammon11111996-03-13


見送りに来てくれた彼女と千葉で待ち合わせ、食事を取る。そして成田空港へ向かう。
旅行の期待と不安がある。特に、重大な忘れ物があるのではないかと不安だ。

空港は、以前、自分が見送りで来た時とは見え方が違う。
別れを告げ、出国審査を通ると、早くも異国の空気が漂う。気分はもう外国だ。
今までとは違う場所にいると感じる。若干の緊張感がある。
夕暮れの中に佇むノースウエスト27便。
窓際には外人が一人。外人は絵になるなあ。思わずシャッターを切る。


エコノミーの3人掛けの席は非常に狭い。感じる息苦しさは狭さのせいか、期待のせいか、不安のせいか。
飛行機特有の音と振動。きっと不安のせいだろう。
激しく揺れる。国内線とはやはり揺れ方が違うのか?…いやしかし、それにしても揺れ過ぎだ。上下左右へ。腹にすーっと来る感覚はジェットコースターだ。顔が笑う。
希望に満ちた中、ここで死ぬのも幸福かもしれないとも思うが、何もしてないからまだ死ねないと思い返す。
そんなことを考えているうちに、そのうち静かになる。


落ち着いたので、ここにきてやっと、「地球の歩き方」を見ながら旅の行き先を考える。
決まっているのは「デリー・イン・カルカッタ・アウト」のみだ。行き当たりばったりにもほどがある。
学生時代に培った一夜漬け体質を遺憾なく発揮し、ものすごい集中力で資料(「地球の歩き方」だが)を読み込み、候補地とその特徴を書き出していった。


 ○デリー
  ・ジャイプル(ピンク・シティー/象/光と影)
  ・アーグラー
 ○ヴァーナーラシー(ガンガー)
  ・リシケーシュー(ビートルズ、ヨガ)
  ・ウダイプル(湖の町)
  ・カジュラーホー(ヒンドゥー寺院、ひそやかな農村)
  ・ブッダガヤー
 ○カルカッタ


 これらがひっかかった。
 そこから、所要時間なども考えて絞り込み、ルートを考える。
 ・デリー―アーグラー間 3.5時間
 ・デリー―ジャイプル間 6〜8時間(夜行)


だんだんイメージが固まってくる。
そして、結局「デリー―ジャイプル―デリー―アーグラー―バナラシ―カルカッタ」という非常にポピュラーなコースを取ることにした。


一段落したので、ビールをもらう。
気圧の関係か、不安と緊張のせいか、少量でも酔う。
薄暗い機内。常に聞こえるゴーッという音。それになじんではいるのだが、ふと不思議な場所にいると思う。
旅はまだ始まっていない。行く先に知った人は誰もいない。僕は独りで、途中のどこでもない場所にいる。
薄暗い機内はセピア色に見えた。妙に感傷的になっている。記憶の中にいるみたいだ。
少し疲れているのだろうか。
頭の中には、旅行前に買ったイエローモンキーの「JAM」のイントロのオルガンの音が、やけにリアルに響いている。


隣の席は、同じくインドに向かう2人組。
言葉を交わしてみると、N君とG君と言い、大学3年生だという。僕と同じ旅行会社で予約をしたらしいが、同じ大学ではないらしい。


23時20分、バンコク着。
時差は2時間。トランジットのため、いったんここで降り、一泊して明日エア・インディアでデリーに向かうことになる。
飛行機のタラップで感じるバンコクは「夏」だった。
気温28度。熱く湿った空気。少し甘酸っぱいにおい。遠くに見える町の灯りの色。初めて来たのにどこか懐かしい。あったかもしれない遠い昔の夏の夜の記憶。


隣りあった2人と、ホテルまで行動を共にすることにする。
入国の手続きを済ませ、空港を一歩外に出ると、夜も遅いというのにホテルの出迎えと客引きの群れ。すごい熱気だ。ノスタルジーも吹っ飛ぶ。
全員が詐欺師のように見える。法外な値段をふっかけられるのかもしれない。車で人のいない所に連れて行かれ、身包み剥がされるのかもしれない。
いやまさか。国際空港のすぐ近くで、そんなはずがない。理性はそう考える。いくらなんでも政府が管理しているだろう。
しかし分からない。そんな常識は通用しないんじゃないか?空港を一歩出たら国は一切関知しないのかもしれない。非合法なのかもしれない。ここで早くもだまされたりしたら相当な間抜けなのか?こんな状況のことは本には書いていなかった。疲れと興奮と緊張の中、さまざまな考えが駆け巡る。
そんな中、一人の男が僕たちをカウンターの方に連れて行く。当然ホテルなど予約していない僕たちは、深夜だしホテルには泊まるしかないのだから、止むを得ずそれに従う。
きちんとしたカウンターなのだが、なんだかそれが逆に怪しい。警戒心を強め、デパートの洋服売り場で店員に話し掛けられた時くらい、いつでも逃げ出せる体勢で話を聞く。
カラーのパンフレットを見せられる。「地球の歩き方」を見ていて、ホテルは400バーツ(1,600円)くらいからあるという数字を覚えていた。しかし、見るとどこも高い。やはりだまされているのではないか。こんなところで貴重な数千円を騙し取られるのは悔しい。やはりちょっと様子を見よう。ところで2人組は?
どうしたのかと聞くと、「セントラルホテルに決めた」と言う。拍子抜けする。そんなにあっさり決めてしまっていいのか?俺は一体何と戦っていたのだ。若干裏切られた思いだ。
聞けば2人で1,222バーツ(5,000円)だと言う。そんなものか。止むを得まい、ここは妥協するかと思い、同じホテルで他に空いている部屋はいくらかと聞くと、1人で1,600バーツだと言われる。どうしてだ?計算が合わない。高すぎる。
しかし1人取り残されるわけにもいかない。ちょっと疑いすぎたかと思い直し、一番安いところはどこだと聞くと、「グランド・イン」で、1,200バーツだという。ちょっと高いと思うが、しかたなくそこで手を打つ。


とそこへ、他の日本人旅行者が話しかけてくる。
「決めました?なんかここ高いですよねー。」
リュックを背負った一人旅の学生風の男。
僕が汚い格好をしているから、旅の達人だとでも誤解したのだろうか。だが生憎僕には何の知識もない上に、人並み以上にビクビクだ。内心の動揺を悟られないように、
「なに、高いけれども面倒だから決めてしまいましたよ。」
的なことを言い、余裕のフリをしておいた。学生風は、
「こいつら、胡散臭いんだよな。ほんとかなー。」
などとあくまで強気の姿勢のまま、人ごみに消えた。英語もしゃべれない様子であったが、その後は大丈夫であったのか。
自分も全く同じことを思っていたのだが、他人の口から聞くと、とても偉そうではある。相手はおじさんでこっちは若造。そして数千円くらい、仮にだまされても大丈夫な立場にいるんだ。金を持っているというだけで、自分達は相手を見下した態度をとっていたのかもしれない。


…と思いつつ、ホテルまでのタクシーの料金ではまたしても交渉する。
ホテルまで400バーツだというので、3人で相乗りしようとすると、2つのホテルが離れているから相乗りは無理だと言う。
「だったら歩くから、距離はどれくらいあるのだ?」と聞くと、「40キロあるから歩けない。」という。本当か?(いや、空港から40キロってことか?俺の英語力では交渉っていってもその程度だ。)
で、強引に、「いや途中で降ろすのは簡単なんだからいいじゃん。」とかなんとか言っていると(半分けんか腰だ)、男は苦笑しながら運転手と交渉しに行き、戻ってきて「1人200バーツ、3人で600でいい。」と言う。
得してるんだかだまされてるんだか、という感じだ。
でも、その相手にだまされる、と最初から思ってることがすでに驕りなのかもしれない。こちらには数百円の金はどうでもよく、相手にとっては大きいのだから、別に払ってもいいのかもしれないのだ。


タクシーは古いクラウン。愛想の悪い運転手が黙々と荷物をトランクに詰め込む。
タイは思ったよりもすごい。高速はちゃんとしているし、高層ビル群には赤いランプが明滅している。
でも、やはり日本とはどこか違う。新しいものと古いものが混在している。そして微妙に暗い。
不思議な感覚だ。再び懐かしさの感覚が蘇る。昔見た日本の風景なのかもしれないし、ちょっと違うのかもしれない。時間の感覚がずれてくる。
自分はどこにいるんだろうかと思う。
シェル石油の看板を見ると、1リットル8〜9バーツ。日本円で36円か、などとチェックしてみる。


最初に僕の泊まる「グランド・イン」に着く。
暗く、古く、汚い。
だまされた、と思う。今までの反省も吹っ飛び、怒りを感じるとともに情けなくなる。
2人に同情されつつ、ショックは隠し切れないままに別れを告げる。
ホテルのフロントは暗く、1人になると急に心細くなる。
正直怖い。倉庫みたいな部屋に放り込まれたらどうしようかと思う。
ボーイの作り笑顔にも、悔しい思いが込み上げる。だまされた俺を嘲笑っているのか。泣きたい気分だ。みんなグルか。後で体験談にして自分を笑うしかないのか、と思う。
 

しかし、部屋の中はきれいだった。
広くて、空港のカウンターで見た写真通りではあった。テレビ、お湯の出るシャワー、シャンプー、タオル、ドライヤー。充実した設備だ。日本の5,000円の宿とは比較にならない。まあ物価が三分の一だとしたら当たり前だが。
で、満足している。だまされたというわけでもないらしい。考えてみれば、深夜に来てフロントが暗いのも当然だ。作り笑顔も、どうやらサービスのつもりだったらしい。わざとらしすぎてびっくりしたが。
窓の外は、深夜だがタクシーと三輪車がひっきりなしに走る。熱くてにおいのある空気は懐かしく、そして物哀しい。
シャワーを浴び、荷物の整理をする。
…あっ、ここダブルじゃねーか。シングルだって言ったのに。やっぱだまされた。
…と、思いつつ、日記を書く。
4時近い。日本はもう朝だ。おやすみなさい。