宿命

【不条理な笑い】
”今日ママンが死んだ。(カミュ)”ママンってなんだ?…こんな雑文でワープロを覚えたあの頃。

男が歩いていた。
肩を落とし、呆然と歩く彼の目は虚ろで、何も見てはいなかった。

男の名は中村和夫と言った。
今年かぞえで24歳になる。
今日、和夫の母が死んだ。
これまで彼を女手一つで育ててくれた母親は、今朝早くに亡くなったのだった。
幼い頃に父親をなくし、一人っ子で病気がちだった和夫にとっては、母親との生活が全てだった。
毎日のようにいじめられては泣きながら帰ってくる和夫をいつもかばい、優しく迎えてくれたのが母親だった。
内職でどんなに疲れていても、愚痴一つこぼさず、和夫にはいつも笑顔で接する、そんな母親だった。
和夫は、こみ上げてくるやるせない気持ちを、どうすることもできなかった。
苦労をかけっぱなしだった母親に、これからやっと楽をさせてあげられると思っていたのに…。

物思いに耽っていた和夫は、男が肩にぶつかったことに気づかなかった。
そのまま歩いて行こうとする和夫の肩を、男は不意に後ろからつかんだ。
「待てよ。ぶつかっといて挨拶もなしか?」
和夫が我にかえって顔を上げると、目の前にはタチの悪そうなチンピラ風の男が立っていた。
やくざとしてもあまり上等の部類には入らないだろう。
しかし、喧嘩の場数を踏んで来た者特有の殺気と、独特の自信のようなものを全身から漂わせている。
和夫は慌てた。
「す、すみません。気づかなかったもので…。」
和夫のおどおどした態度に、男はますます調子づいた。
「気づかねえだと?ふざけるな。ちょっと来い。」
周りを見ると、いつのまにか和夫を取り囲むように5、6人の男が立っていた。
いずれも同じような雰囲気を漂わせている。
その口元には、薄笑いが浮かんでいた。
和夫はあまりのことに気が遠くなりそうだった。
なんていうことだ。
今日はお母さんが死んだ日だっていうのに。
どうして僕はこんな目にあわなくてはいけないんだろう…。

和夫が連れて行かれたのは、ひとけのない、工場の跡地のような場所だった。
「おまえ、運が悪かったよなあ。俺、今日ちょっと機嫌が悪いんだよなあ。」
男はニヤニヤ笑いを浮かべたまま話しかけてくる。
「ちょっと失敗しちまってさあ。兄貴が俺のことをクズだってよ。二度と顔も見たくねえって…」
男の声が次第に冷静さを失ってくる。
男の中に今にも爆発しそうな強暴な負のエネルギーを感じて、和夫は鳥肌が立った。
「…俺を殴りつけるんだ何度も、まるで雑巾かなんかみたいに!畜生!!」
男は感情のコントロールを失い、泣き笑いのような表情を浮かべると、いきなり和夫に殴りかかった。
体重の乗った、破壊力のありそうなパンチだ。

和夫はそれを軽くスウェイでかわすと、鉛入りの靴を男の顔面に叩き込んだ。
ぐじゃりという、骨の砕ける嫌な音が辺りに響いた。
「いやー。」
下半分がぐずぐずになった顔で、男が叫んだ。
和夫は構わず、右ストレートを男のみぞおち辺りに決めると、さらに倒れこんだ男の顔を思いきり踏みつけた。
男の息の根が止まるのを確認すると、和夫は口元を奇妙な形に歪ませた。
「まず、ひとり。」

言い忘れたが、和夫は極心空手の師範の腕を持つ。
それも、専ら実践で鍛えたという噂だった。
全身に残る傷跡は、和夫のくぐり抜けて来た修羅場の数を表していた。
身長2メートルを越す和夫の鍛え抜かれた体とその傷は、人を恐れさせるに十分余りあった。

逃げようとする男どもの行く手を、身長に似合わぬ敏捷さでふさぐと、和夫はにやりと笑って懐からナイフを取り出した。
そして、何も言わずにいきなり男の1人を斜めに切りつけた。
血しぶきをあげてのたうちまわる男を、なおも容赦なく蹴り上げる。
「げ、げふう、あばらが。」
男が悲痛な声を上げた。
返り血を浴びて、和夫の顔に喜悦の表情が走った。
「ふたり。」

和夫には、呪われた殺人鬼の血が流れているのだ。
和夫の父もまた、その妻に包丁でメッタ刺しにされ、苦しみながら死んでいった。
和夫がまだ幼い頃のことである。
死体は今も軒先に埋められたままだ。

和夫は次の標的を見つけると、くるりと体を反転させ、回し蹴りをお見舞いした。
和夫のかかとは正確に男のテンプルにヒットし、男は2メートルも吹っ飛ばされると、壁に頭を激しく打ちつけ、口から泡を吹いて動かなくなった。
「さんにん。」

残された二人の男は、叫び声を上げると、やけくそ気味に同時に和夫に襲いかかって来た。
和夫はそれを難なくかわし、拳を一人の男の顔のど真ん中に叩き込む。
鼻がへし折れ、前歯が数本飛び散った。
そしてなおも二本の指を容赦なく眼球につき立てる。
「ああー、目がー。」
男は血の涙を流して泣いた。
「よにん。」
和夫の顔が嬉しそうに歪んだ。
和夫の残忍な血は、今また流すべき血を求めていた。
今朝早くに自らの母親をも残忍な方法で殺害した和夫は、もはや正気ではなかった。

「最後は君かな。」
和夫はゆっくりと残された男に歩み寄ると、おもむろに右の拳を男の顔面に叩き込んだ。
ぐじゃりという音を立てて砕け散ったのは、しかし、和夫の拳のほうだった。

男は、ふとしたきっかけで、二年前に改造手術を受け、体の70パーセントあまりはサイボーグだったのだ。
その顔も、左半分は鋼鉄でできており、動力パイプが見え隠れしている。
男の名は、山田 丈といった。
丈は、手を押さえて惨めにのたうちまわっている和夫を見下ろした。
「い、痛いよ。手が。助けてえ。」
丈の冷静な人工頭脳が、状況を捉えた。
そして、こんな人間のクズは生かしておく必要がない、そう判断し、とどめをさそうとした、その瞬間―。

「死ねえ!!」
和夫の体が跳んだ。
そして手に隠し持っていたナイフを、丈めがけて突き立てる。
しかし、丈は電子頭脳で予めそれを予測していた。
人造筋肉で三メートル程跳躍してそれをかわすと、両手を前に突き出した。
丈の必殺・フィンガーマシンガンだ。

 ばばばばばばばばばば…!

これにはどんな悪人もひとたまりもない。
「あああああー!」
和夫は情けない声を上げると、蜂の巣になって絶命した。

ジョーはそれを見届けると、背中のジェットブースターから炎を噴き出し、いずこかへと飛び去って行った。
しかし、まだ悪が滅びたわけではないのだ。
悪の滅びるその日まで、ジョーは戦い続けねばらない。
サイボークとしての哀しい宿命を背負い、戦えジョー!サイボーグ・ジョー!!

                                     つづく

〜第2話 「ジョーの宿命」終わり。次号「ジョーの秘密」をお楽しみに。