散歩男

【無意味な笑い?】
私小説風無意味。

先日来の雨が止み、窓からは久しぶりに日が差し込んでいた。
私は散歩に出かけることにした。
出不精である私はデブ性でもあり、たまには散歩でもしなければ、のっぴきならぬ状況に追い込まれるのは目に見えていた。

「さあて、ぶらりと出てくるか。」

そう言うと、タマがにゃあと鳴いた。
タマというのは妻の名だ。
もっとも、妻というのは妄想で、実際は猫に近い。
限りなく猫に近いのだが、さて実際のところはなんであったのか。
そこがよく分からない。
分からないのだが、あまり難しく考えすぎると頭が痛くなってくるので、取り敢えず猫であるものとして取り扱っている。
だが、今のところ別段不自由もない。
従って、猫である。
但し、世間的には妻ということになっている。
まったく複雑な世の中である。


さて、箪笥をこじ開け、引出しから札束をひっつかんでポケットにねじ込んでいると、猫がにゃあにゃあとやかましい。
あまりやかましいので、首根っこをつかんで放り投げてやると、柱にぶつかってぎゅうと言い、そのままおとなしくなった。
所詮は猫である。
かわいいものだ。

これでこころおきなく散歩もできるというものである。
もう散歩のし放題である。
散歩三昧である。
三昧の境地に至るまで、半ば目を閉じ、恍惚とした表情で町内をうろつきまわるのである。
アルファー波を出しながら、ぐるぐるぐるぐる町内を徘徊するのである。
考えただけでワクワクしてくるのである。
脳内からエンドルフィンがドクドク沸いてくるのである。
これこそが散歩の醍醐味であった。
何ものにも替え難い散歩ワールドの、今こそ開幕なのであった。


「面白き こともなき世を 面白く するもまたよし しないのもよし」


それが私のモットーであった。
なにしろ、何が言いたいのかよく分からぬ所が良かった。
分からないといっても、自分で勝手に考えたフレーズであったのだが、そんなことはどうでも良かった。
なんだかとても自由な感じであった。
そこが良かった。
自分次第だということが言いたいのだった。
別になんだっていいじゃん、とそういうことが言いたいのであった。
しかし本当は別に何も言いたくはなかったのであった。
ただ言ってみただけであった。
語呂だけだった。


ともあれ、散歩であった。
面白きこともなき世の中で、唯一面白いものが散歩なのであった。
全くもって、面白いのであった。
そう必死で自分に言い聞かせているのであった。

 
しかしながら、今回は少しばかりテンションを上げすぎて、もうすっかり出かける気がしなくなってきていた。
元々出不精であった。
このように、極端な自己暗示をかけて相当の勢いをつけないと、面倒くさくて外出などしないのであった。
今回は失敗であった。
すっかり自己完結してしまっていた。
 

元々暗き自部屋に引きこもり、空想のなかで自己完結するのが何よりの楽しみであった。
テレビのホワイトノイズを見ながら瞑想するのが唯一のアクティブな趣味であった。
根っからの引きこもりであった。


だが、そういえば少々腹が減ってきたのだった。
思えば今朝から何も口にしていない。
家の中には満足な食料などなかった。
キャベツにマヨネーズをかけて食べるのが関の山であった。
赤貧洗うが如しであった。
しかし、そのマヨネーズもついに尽きていた。


かくなる上は、止むを得まい。
やはり、ぶらりと散歩にでも出て、街角のこじゃれた洋食屋でカツレツなどを食べるのも粋なものであった。
ミートローフなどを食すのもいかしていた。
「ミーと、ローフなどを食すのはどうか?」と外人に誘われたら、それは断ろうと思った。
ローフなるものに多少興味がひかれたものの、よく考えてみたらそんなものは自分で考え出した妄想ワードにすぎなかった。

やはりここはひとつ、今流行りのスローフードとやらが良かろう。
これは一時の流行で終わらせるべきものではないのだ。
人が本来進むべき方向なのであった。
手始めに、学校で掃除の時間にまでグリーンピースを睨みながら独りで給食を食べてるようなのをスローフードと称して褒め称えるよう、文部科学省は徹底すべきであろう。
先日、そのような意見をインターネットを使って広く世間に問うたのだが、黙殺された。
2ちゃんねるとかいう掲示板であった。


気づくと日も暮れかけていた。
こんなことをしている場合ではなかった。
私は玄関先に立ち尽くして一日中ぶつぶつと妄想にふけっていたのだった。
全く時間の無駄であった。
私はたまらない気持ちになり、ついに意を決して外に飛び出した。

 
ダッシュであった。
目的も定めずにぶらぶら歩くなどということは、とても耐えられなかった。
散歩など本当は大嫌いであった。
移動は手段に過ぎなかった。
常に目的地目指してまっしぐらであった。
それが私の生き方であった。

 
雨が降り出していた。
土砂降りであった。
土砂降りのなかを、傘も差さずに駆け抜けて行った。
どうにもならない焦りと苛立ちのなか、空腹を満たす為に、本能の赴くままに、走りつづけていた。
いつまでも、いつまでも、走りつづけていた。
 

気づくと、タマが必死の形相で後ろを走っていた。