あすなろ侍
【無意味な笑い】
明日はひのきの木になろう。そう思っても、あすなろはあすなろのまま。侍は侍のまま。「自分らしくが一番」←そういうことか?
千鳥足のあすなろ侍。
感極まってあられもない姿、晒すくらいならいっそこの腹を、掻っ捌いてくれようぞ、と勢い込んではみたものの、いつの間にやらはしご酒。
すっかりいつものムード。
しゃれた気分でヌード。
猥褻物陳列罪。
それじゃいかん。
それではいけないのだ。
なんとかせねばならんのだ。
一刻の猶予もならん。
むしろ無理だ。
間に合わない。
無花果の花が咲く。
その頃には旅立つ。
だからその前に。
なんとかその前にと、全力を尽くしては見たものの、いつの間にやらはしご酒。
残った力を振り絞り、助けを求めるはずなのに、それさえかなわず猥褻物陳列罪。
またなのか。
またしてもそうなるというのか。
そうなるべき定めであるというのならば、いっそこの腹を掻っ捌いてくれようぞ。
それが武士なのだ。
だが、武士の情けという言葉もある。
今日の所は許しておいてやろう。
そう自分に言い聞かせるあすなろ侍に、明日はあるのか。
あるならよし。
それでいい。
もう何も言わない。
黙って出てゆけ。
お父さんとは考え方が違うようだからな。
うん、確かにそれは私の方が間違っているのかもしれない。
古いのかもしれないな、考えが。はは…。
笑うな。
おまえは笑うなあすなろ侍。いや、本名浩次よ。
おまえは良くやった。
おまえなりにがんばった。
それだけは誉めておこう。
だが、それが大間違いなのだ。
むしろ迷惑だったのだ。
お前なぞ、居てくれなかったら良かったのだ。
お前のせいで私がどれだけの辛酸をなめたか。
その苦労たるや、物の数ではないのだ。
つまり大した事ではないのだ。
だがむしろそんな事はどうでもいいのだ。
私はお前が大嫌いなのだ。
早い話がそういう事なのだ。
なに、たいして理由があるわけではない。
生理的に嫌なのだ。
受け付けないのだ。
虫酸が走るのだ。
だから出て行ってくれ。
どんなに頑張ったって、買わんのだ。
うちは昔から毎日新聞なのだ。
4コマ漫画が好きなのだ。
いや、実は読んではいない。
本当の所、毎日新聞というのも嘘だ。
口からでまかせだ。
軽いジョークだ。
そんな顔をするな。
お前がそんな顔をすると、この私まで哀しくなる。
胸が張り裂けてしまいそうだ。
もう何もかもおしまいだ。
全てを投げ出してしまいそうになる。
私はどうすればいいのだ。
取り合えずお宅の新聞をとろう。
3年でどうだ。
いや、金はいい。
そんなことはいいのだ。
お前の喜ぶ顔さえ見れれば、金などやらん。
ビタ1文だって払うものか。
それをやってしまうと、この私の築きあげてきたものが無に帰す。
私の全存在を賭けてでも、それだけは阻止させてもらう。
法に訴えることも考えている。
私はやるときにはやるのだ。
みくびるな。
私を怒らせるとどんな目にあうか、お前はこれから、嫌というほど思い知ることになるだろう。
もう遅い。
もう遅いのだ。
もう誰にも止められない。
この私でさえだ。
もはや動き出してしまったのだ。
行き着く所まで行くしかないのだ。
掛け違えられたボタンはそのままに!
歯車は今大きな音を立てて!
…止まった!
止まった歯車は、もう動くことはないだろう!
それが何を意味するか、お前に分かるか。
お前にわかるかチリ紙番長よ。
分かるはずがあるまい。
この私の、やるせなさ、悔しさ、恥ずかしさ、バツの悪さが。
もうおしまいだということなのだ。
それがお前には分からんのだ。
真剣味が足りんのだ。
そんな事では、明日の舞台の成功もおぼつかないのだ。
もう1度最初からだ。
千鳥足のあすなろ侍。
感極まってあられもない姿…。